6時間の鉄道旅を経て、ついにブハラへ到着した。列車は狭さに慣れてしまえば思っていたよりも快適で旅情があった。ヒヴァの世界遺産の真ん中で散歩をしているよりも、鉄道旅で砂漠のど真ん中を揺られて移動しているほうが興奮度合いが大きいと感じてしまった。
列車が到着したブハラ駅は、旧市街地からはかなり離れていて、そこからさらにタクシーで40分ほどかかった。ウズベク語がまったくわからない私に、タクシーの運転手さんは構わず何かを話しかけてくる。たぶん雑談だったのだろうけれど、勘で「日本人です(ヤパニ!)」と答えると、彼は大きく笑った。言葉は通じなくても、こうして表情で伝わる何かがあることに、旅のあたたかさを感じた。
今回の宿は、旧市街の本当に文字通り中心にある眺めの良いホテル。写真で見た通りの素敵なロケーションで、ここに泊まれるのを楽しみにしていた。が、しかし——フロントで告げられたのはまさかの「満室です。あなたの予約はありません」という一言。驚いて予約確認の画面を見せても、「その予約は受け取っていません」と言われた。事情を聞くと、どうやらホテル側のブッキングドットコムのアカウントがブロックされたとのこと。新たに作った別の施設ページでは予約を受けているが、私が予約したのは「古いページ」だったため、記録がないらしい。そんなのこっちの知ったことではないし、とにかく腹が立つのはなぜまずI’m so sorry. と素直に言えないのか?ということだった。声を荒げてはいけないが、本当にあり得ない。マネージャーを呼べと人生で初めて言ったと思う。マネージャーと話してもらちが明かず、実際そこは満室で部屋がないので無理だった。信じられない。
長旅で疲れ切っているタイミングでこんな事態に直面するとは思わなかった。しかもこのときすでに夜10時。しかし、こういうときに旅人として問われるのは、トラブルへの向き合い方だろう。すぐに気持ちを切り替えて、別のホテルを検索して予約を取り直した。ブッキングドットコムよ、ありがとう。
結果的に、その選択は間違っていなかった。新しく見つけたホテルはもっと静かな路地裏にあって家庭的。夜のライトアップされた旧市街を見ながら移動したし、ふらりと入ったレストランではウズベキスタン料理の魅力を再確認する素晴らしい体験もできた。そして!そこで出会ったレストランのマネージャーは、物腰の柔らかいすてきな人物で、旅の疲れを和らげてくれるような会話ができた。
旅はつねに予定通りには進まない。むしろ、予定外のことが起きるからこそ、記憶に残る。悲しいことにこういうトラブルのほうが後々よく覚えているもの。笑 時間が経てば「そんなこともあったね」と笑える出来事になるのがいいじゃないか。本当に何度も繰り返しになるが、旅を楽しむというのは、そういう不確実性とか不自由さを受け入れること。というか受け入れざるをえない、というべきか。
さてブハラの旧市街で出会ったレストランのマネージャーは、実はそのホテルのマネージャーでもあった。彼は、これまでホテル宿泊者のみに提供していたレストランを、外部の客にも開放し、より大きく成長させるというプロジェクトの途中にあるという。驚いたのは、そのプロジェクトがまだ始まったばかりだということだった。実際、ホテルとは別にレストランのGoogleマップを立ち上げたのはわずか6日前のこと。Googleマップでこのレストランを見つけて来店したと伝えると、彼はとても喜んでくれた。
彼との会話は本当に素晴らしく、ついつい私もいろいろなことを話してしまったし、日本に関するいろんなことを質問された。1日の疲れが溜まっていたものの、ホテルから予約していた宿にチェックインできず、予期せぬトラブルに見舞われたが、もしスムーズにあの宿に泊まってたらこの場所で夕食は取らなかったはずだから…こんな素敵な出会いはなかったに違いない!
歳が近かったこともあり、話が弾んでいった。レストランでの食事が終わった後も、営業終了時間を過ぎてもなお、私たちの雑談は続いた。彼も忙しい時間帯を過ぎているにもかかわらず、心地よいペースで会話を楽しんでくれた。その後、彼のこれまでの仕事の経緯や現在のプロジェクトについても話を聞かせてもらった。
そんな中、彼が「明日の予定は?」と尋ねてきた。特に決まっていないが、ただ一つだけやりたいことがあると答えた。シーシャ(水タバコ)を経験してみたいという思いがずっとあったのだ。なんでか最近日本でも超人気のシーシャ。若い人が(言い方がババアである)こぞっていくのはなぜ?と思っていた。なのでウズベキスタンの夜を楽しむなら、この機会に本場?のシーシャを試してみようと思っていたから。すると、彼は驚くべきことを言った。「うちのレストランでもできるよ」と。驚き!隠しメニュー?なぜ早く言ってくれないのよ〜と言ったら『だってシーシャしたいなんて知らないもん』と。そりゃそうだ。メニューにも載っていなかったので、まさかここで楽しめるとは思っていなかったからだ。
彼は、基本的にはシーシャを提供していないという理由を説明してくれた。「一度始めると、2時間以上はお客さんがそこにいることになり、回転率が悪くなる。しかもシーシャ専門店と違ってものすごくセットアップに時間がかかるものだからだから忙しい時にはできないんだ」と、
結局、私は次の日をまたずしてそのままその夜シーシャを楽しむことにした。開始時点ですでに夜の12時を過ぎていたし、眠くて仕方なかったが、何だか今この瞬間を逃してはいけない気がした。ウズベキスタンの夜の雰囲気の中で、シーシャを楽しむことができる貴重なチャンスが目の前にある。日本との時差を考えると、私の体内時計は朝の4時台のような感覚だったが、長旅の疲れを感じながらも、その瞬間を楽しんでいた。
シーシャっていうのは、水タバコのこと。専用のフレーバー付きのタバコに炭を乗せてじっくり加熱すると、モクモクと蒸気が出てくる。それを水に通してから吸うから、煙じゃなくて水蒸気を吸ってる感じ。だから煙がすごくまろやかで、フルーツやミントみたいな様々な香りが楽しめる。カフェ感覚でのんびり楽しめるのが人気の理由なのだろうな。
シーシャを吸いながら、彼とまた会話を続けていると、思いがけず深い交流ができたように感じた。旅の中で出会う人々とのつながりや予期せぬ出来事こそが、旅をもっと特別なものにしてくれる。そして、最初のホテルのトラブルも含めて、すべてがこの素晴らしい経験の一部。
ものすごいいいロケーションで人生初のシーシャを吸いながら現地の人とサシで3時間ほど深く話す機会…こうした一対一の会話は、ただの旅行では得られない濃密な情報と文化的な視点を与えてくれる。特に印象的だったのが、宗教観や家族観に関する話だった。
驚いたのは、ソ連時代を生きた親世代よりも、今の若い世代の方がイスラム教の教えをより真剣に受け止め、実践している傾向があるということ。イスラム教の価値や教えを再評価する、とでも言おうか。ソ連体制下では宗教が抑圧されていた背景もあり、その反動として、今の若者たちはむしろ自発的にイスラム的価値観を見直し、生活の中に積極的に取り入れているという。だから親世代はお酒ももっと頻繁に飲んでいたけど、いまの方がシーンを厳選してここぞの時にしか飲まない、とか。
また、もう一つ意外だったのは出生率の話。多くの国で少子化が課題となっている中、ウズベキスタンでは一世代前と比べてむしろ出生率が上がっているという。これは多分いろいろな背景がある思うが…経済の安定や宗教的価値観の再評価、家族を重んじる文化的背景が影響しているのかもしれない。親世代は子供が2人、というのがメジャーだったけど、今は2〜3人ぐらいが当たり前な感覚らしい。
こうした話は、観光して眺めているだけではなかなか見えてこない。その国の「今」を知るには、やはり人と話すことが一番の近道だとあらためて感じた。
図らずも昨夜は朝方まで話し込んでしまい、かなりの寝不足で1日がスタートした。けれどブハラの街歩きは不思議と体が軽く、気分よく歩ける。観光名所の多くが徒歩圏内にぎゅっとまとまっていて、街全体がコンパクトに整っているのだ。たまたま予約していたホテルに断られて、しぶしぶ選んだ代替ホテルだったけれど、結果的には旧市街のど真ん中に位置していて、どこに行くにも近くて助かった!
ホテルの朝食には、乾燥果物がたくさん並んでいて、どれも気になっていろいろ試してみた。なかでも驚いたのが、デーツ。今まであまり興味がなかったけれど、初めてちゃんと食べてみたら、とても甘くて濃厚で、まるで天然のキャラメルみたいだった。パンも種類が多くて、パイ生地のような惣菜パンが特においしい。けれど、やっぱりどこへ行っても思うのは、野菜の種類と量が圧倒的に少ないこと。旅行中ずっと悩まされている便秘問題も、ここに原因があるのは間違いない。でも食べ続ける。
トレイを借りて、屋上のテラスで朝食を楽しんだ。澄んだ空気とさわやかな風、すぐ目の前に見えるミナレットやドーム型の建物たち。なんでもないパンやフルーツが、こんな景色の中で食べると特別に思えてくる。これぞ旅の醍醐味、という気分にさせてくれる朝だった。
ただ、問題がひとつ。昨夜からホテルで断水していて、シャワーが使えない。手を洗う水もでない。代わりにバカでかいお水タンクが支給された。大爆笑。こういうことは珍しくないらしく、まぁ気長に待つしかなさそうだ。とはいえ、髪の毛がベタついて不快になることが少ないのは、空気の乾燥ゆえ。モンゴルにいた時も同じようなことを感じたけれど、ヨーロッパや中央アジアの人たちが、毎日シャンプーをしないことに対して妙に納得してしまう。湿度が低いというのは、快適に過ごす大きな要素なのかもしれない…うらやましい。
やっとのことで、ウズベキスタン名物「プロフ」を食べることができた。 実はこれ、滞在中ずっと食べたくていろんなお店で聞いてみてたんだけど、「今日はもう売り切れちゃったよ」って断られることばかりだった。プロフってお昼に仕込んで夕方には完売、みたいなパターンなのかな?だからこそ、ようやく巡り会えた一皿には自然と期待も高まる。ドキドキ
出てきたプロフはというと…なんともまあ、しっかり味が濃い!羊の旨味がこれでもかと詰まっていて、ごはんの一粒一粒が油をまとってツヤツヤしてる。羊の肉もホロホロで本当に美味しい。でもとにかく、喉が渇く…!笑
一緒に頼んだのは、玉ねぎ・きゅうり・トマトのシンプルなサラダ。これには全く味がついていなかったんだけど、むしろちょうどよかった。プロフの塩気でサラダが美味しく食べられて、良いバランスになってくれた。
最後は紅茶でほっとひと息。全部でかかったお会計は、プロフ+サラダ+紅茶で65,000スム。今回の両替レート(1円 ≒ 70スム)で計算すると、約930円ほど。千円以内で大満足のウズベキスタンごはん。味もそうだけど、ようやく出会えたという達成感と、あの羊の脂のパンチ力が強く記憶に残る。やっぱり、現地の名物料理をその土地で味わうっていいなあ…
今日はとにかく歩いたなあ〜。どれだけのマドラサ(神学校)を見たか数えきれない。ブハラの旧市街を歩いていると、どこへ行っても圧倒的な建築物に出くわす。ひとつひとつが歴史の重みをまとっていて、最初は感動して写真や動画を撮っていたけれど、あまりにすごすぎて途中でやめてしまった。正直、きりがない。笑 どこを向いてもフォトスポットだし、カメラ越しじゃなくて、自分の目でじっくり見たくなった。
昼ごはんはあまりにしっかり食べすぎたせいで、夜になってもお腹が空かない。じゃあもう晩ごはんはいいか、ってことで、食事の代わりに選んだのはゆったりとした時間。オープンエアのテラスで、マドラサを近くに眺めながら、人生2回目のシーシャを楽しんだ。ラズベリーフレーバーだ。
風が心地よくて、視界の端では観光客がゆっくりと行き交い、時間がふわっとゆるんでいく。シーシャの煙は甘くやわらかくて、吸い込んで吐き出すたびに心が少しずつほぐれていく感じがする。ノンアルコールカクテルのモヒート(パッションフルーツ味)もびっくりするくらい美味しくて、甘さと爽やかさのバランスがちょうどよかった。ぜんぶで200,000スム。少し奮発した夕方の過ごし方だったけれど、その価値は十分すぎるほどあった。燃えるような夕焼けになるまで、ゆっくりと空の色が変わっていくのもよかった。ツバメもたくさん飛んで、猫が2〜3匹足元をうろうろしている。ウズベキスタン、とにかくどこもかしこも素敵…何か特別なことをしなくてもまあいいんじゃないか。
あしたは早起きしてまた鉄道駅にいって、青の都サマルカンドをめざします。